高畑耕治の詩


花の人のための、具象画と抽象画



 ナルキッソス、水彩自画像


スイセンうつむき土に
ささやくナルキッソス
スイセンふりむき風に
ふるえるナルキッソス
スイセンすまして光に
かがやきナルキッソス
スイセン泣きぬれ雨に
なみだのナルキッソス

殺戮ばかり繁茂する世に
花ばかりはきよらか
悼み灯す救い
戦争だらけの世にも
スイセン水面の鏡の
面影にかさなりゆれ

( ああアノ花ニ
 ナレタラヨイノニ )

スイセン涼やかな
すべすべのほお
素肌澄みきる色彩
慕うナルキッソス

( スイセン色に
 溶けてゆければヨイノニ
 水の花に
 ナレタラヨイノニ

 チノイロモ
 コゲアトモ
 もういらない
 もうたくさん

 人と花の素顔の
 色が好きステキ )

スイセン悲しく
なみだのしずく
水面に映る瞳に
こぼれ散り落ち
波紋の花びら
ゆらめききらめき
とおくとけきえてゆくよ
ナルキッソス

( 鏡よ鏡この世でいちばん
 キレイな生きものは
 だあれ )

水の花スイセン
波にとけても
天国でも地獄でも
どの世にも
うたうよ
ナルキッソス

( キレイに咲く花
 きよい花は
 だあれ )

スイセンうつうつと
うたっているよ
弱く痛みやすく
悲しく散らされても
美しくこころうつ
きえない
波紋

永遠もように
うすれひらいてゆく
花びら




 エコー、素描



あなたの眼はみひらき
ながらなにも
みていないのね

あなたの瞳の
あかるい泉の底に
光は
希望は
とどかないのね

黄泉をさまようしか
もうできないのなら

いつか
生まれ変わり
スイセンの
花びら
黄の眼
咲かせたいとせめて
ねがっていなさい

その光に向け
闇の眼を
みひらいていなさい

あなたは悲しく揺れていた
あなたは苦しく泣いていた

水辺にあなたは咲くでしょう
水仙の
きよらかな
色に染めあげられ
あなた瞳はひらくでしょう




 花の人、抽象画 1



敵に標的さだめ立ち並ぶ
核とミサイルの陰で
花のようにやわらかに
あれない人間のわたし
祈りとも呪いともつかず
唱え念じずにはいられません
どうか
凶悪な悪魔かエンマサマかだけは
死なずまだどこかに
生きていてくださいますように

いじめ殺せばオシマイと
戦争殺戮犯したヤカラに
いじめ殺せば
( 目には目を歯には歯を )
ハムラビ法典まがいの
この世の地獄に劣ることのない凶悪な
オシオキを必ず
オミマイしてくださいますように

けれども
( 願わくは )

呪わず
( 信仰と希望と愛と )

信じられずとも
願うこと
( 希望と愛と )

望めずとも
愛すること
( 愛 )

愛せずとも
「 花のように 」

( いつまでも存続するものは )
そのうち滅びさる
核でもミサイルでもない

( いつまでも存続するものは )
「 絶望 」

ではない気がする
ではないと思いたい
のは
死ぬまでは望むしかない
人であるからか?

( いつまでも存続するものは )
「 問い 」

探し求めることが
生きることか?

なら
「 花とおなじ 」
ようにも
あれる気がする

「 花のように 」
人ありのままに

( なぜ?

 なぜ? )

花の身となるばかりの
うつろいの
姿あるままに




 花の人、抽象画2



生まれてからずっと
見あげていて
空には羽ばたく
軌跡があって
けしてとどかないその
遠さ高さを知り
かみしめるためにだけ地べたを
はい歩いている気がする

時と地を越え本に
学びはじめてからずっと
敬える人だれもが
けしてとどかないその
遠さ高さを知り
かみしめるためにだけ地べたの
殺しあいのそばでさえ
耐え歩き

幻のような
透明な美しい空の軌跡を
見あげつづることの
虚しいからこその
とうとさを
手渡し伝えつづけ
いまもしている気がする

とどかなくても
とどかないからこそ
見あげずにはいられず
痛むこのこころあること
感じてこそ
悲しくとも


見あげても見つめても
見えない青空の果ての
軌跡を
名づけ呼びかけられる
そのことだけで
そのほうへ
抱きしめ
逝ける


どこにも見えない
「 理想 」
「 希望 」
「 愛 」

世界史の
戦争史に埋めつくされた
教科書の暗黒ページに

書きもらされて
しまっている
大切な
「 息 」

想う
おかしな
弱くとうとい
儚い遥かな
生きものも


「 花のように 」
地に根を
張り張られ土と水から
離れられず

空を
見あげ




 花の人のための、コラージュ



コブシのハクモクレンのユキヤナギの
花びらふきこぼれる白に
おきざりにされ
サクラ色のささめきにもさらさら
サヨナラされて

ハナミズキの
チューリップの
ツツジの鮮やかな
色彩の虹さえ
半透明なゼラチンの
向こうがわ
もうひとつのもろい世界に
かすれかすかにかかっているよう

あお空のまるみ
地平のまるみ
季節のすきま
寒く暖かくつよくそっと
ふきぬける風と光の
絵筆

スケッチブック香りたち
無限透明色

「 あなたの描く抽象画
 もう
 生身の人の
 声がしない
 血の気ないあなた
 人ですか? 」

「 人でなし
 花の香です 」

( 愛するほどに
 花の精 )

「 正気ですか? 」

「 花の気
 花の幻です 」

なんの花に生まれましょう
死んだなら
まばゆいマンダラ
万華鏡

曼荼羅華咲き満ちる天と地の

花のいのち
生きましょう




 エコー、透明水彩



あなたは悲しく揺れていた
あなたは苦しく泣いていた

水辺にあなたは咲くでしょう

空を
見あげ
あなたは

きよらかな
花の人のための、泉に




※読み 曼荼羅華: マンダラゲ。天の花。

※参照
「 遺体は消えていた。白い花びらの、まんなかは黄色い、
 花がかわりに咲いていた。」オウィディウス『変身物語』巻三
※参照
「 いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
 このうちで最も大いなるものは、愛である。」
『新約聖書』 コリント人への第一の手紙、第十三章。



「 花の人のための、具象画と抽象画 」( 了 )

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