高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』


すず虫とちいさな花


夜空に咲くちいさな花たち
天の川はほんとは涙のお花畑です
夜空の星がいくつあるかなんて誰にもわかりません けれど
ひとりひとりの星あかりは夜ごとこの地上をおとずれます
恋人にあいたい ただそれだけで

ネオンに消され忘れられても
夜咲く花もあるのです
真昼のやけつく浜辺で抱きあっていた
恋人たちが眠りにつくころ 太陽があんまり
まぶしすぎてとじていた ちいさな瞳をひらきます
太陽のずっとむこうの星
もっととおいときをこえて地上にやってくるひかりを
まちつづけ やっとおとずれたあわいひかりを
すいこむ
夜咲く花もあるのです

ちいさな花はほんとは地上におちてしまった
流れ星のおちこぼれ 死んでしまった星たちへの
お別れの涙です
たどりつけず消えた兄弟をおもい泣きました
いきはぐれた恋人をおもいなげきました
かたくなにつぼみをとじた ふかいかなしみの花に
まだ泣くことをしらなかった陽気なむかしの
すず虫はおしえてくれました
ほらごらん
ひかりはやってくる きみの恋人の
ひかりはいつかやってくる

ちいさなつぼみはかたい星くずのこころをおもいおこし
まちつづけました
一日たち 一年たち 百年……たったある夜
おとずれたのです けっして忘れないあの
星のひかりが
ゆめではありません 小石になりきっていたちいさなつぼみは
はるかな旅をおえた星のひかりと
くちづけ
抱きしめあうと
花をひらきました
地上におちてはじめて 星のひかり
よろこびの涙にかがやきました
あの陽気なすず虫は とおのむかしに死んでいましたけれど
花の家でゆめをみていた まごのひまごの……すず虫は
しゅんかん ふるえました
ほんとはとっくに死んでいた星の まぼろしも
夜空にふっと消え ほっと息をもらし
ちいさな花は死にました

ゆめにきこえたふるえるしらべをなぜか忘れられないすず虫は
かなしいしらべを夜ごとうたいだしました
死んだ星と花の
愛のしらべだとはまったくしらないすず虫もすぐ
みじかいいのちをおえました でも
かなしいしらべだけはいまもきこえています
陽気なすず虫も
星も花も
まごのひまごの……すず虫もみんな 忘れられても
今日もまた星のひかりがひとりひとり
いきはぐれた地上の恋人に
あいにきます
花をひらいたしあわせな ちいさな星くずのかなしいこころを
すず虫はうたいます

愛のうたは なつかしい空をのぼってゆき
天の川にふりそそぎます
ちいさな花がいくつあるかなんて誰にもわかりません けれど
死んでしまったひとりひとりのちいさな花は
夜空にひかります
夜空に咲くちいさな星くず
天の川は地上の涙のしずく
ほんとはお花畑です



「 すず虫とちいさな花 」( 了 )

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