高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』


ぱての夜明け

どおしても結ばれぬかなしい恋ってあるものです
寒い地球のいたるところでひとはひとを殺し犬を殺し
犬はひとを温めます

わたしが愛したあのひとは犬のぱてを愛していました
わたしはぱてを憎み殺し焼いて食べようとして
ぱての肉が口に触れるとぱったり倒れ
悪い夢から目覚めようとしても立ちあがれず
四つん這いのまま犬のぱてになったわたしを知りました
わたしは変わりました 犬になって
はじめてあのひとのこころを感じはじめて

さあぱて どっぐふうどをお食べとあのひとは囁きます
差し出されたかなしい指先をわたしは舐めました

 「 あなたの泣き声に嘘はないのね
  あなたの涙 怒った声 はしゃぎ顔に嘘はないのね
  耳も瞳もしっぽもこころのままのあなたが好き
  彼の言葉信じられなかった でも犬に嫉妬して死ぬなんて 」

うつむいたあのひとの頬をつたわり
見あげるわたしの鼻にふりそそいできた冷たいひかりは
なぜか温かく 凍りついた憎しみを溶かしだしました

 「 愛するひと 悲しまないで
  さあもう おやすみ 」

まぶたにそっとくちづけ やすらかな寝息に包まれると
寝顔をみつめ 祈りました
ひとであった日のただひとつの夢 
ふたりきりの夜明けまで

あわい朝のひかりにまつげが微かにふるえ
静かにまぶたを開いたあのひとは

 「 ねえぱて あたし夢をみたの あなた話してくれた……

  ひとを恐れないで
  ひとはいつも殺しあってる
  ひとの巻き添えで焼き焦がされてもぼくたちは戦争をしない
  爆弾を落とさない
  抱擁とおなじ激しさで喧嘩はするけど武器はもたない
  愛する犬を奪うのに裸しかいらない
  縄張りを守るのにおしっこしかしない
  保健所にほおりこまれても収容所はつくらない
  殺された犬のことは忘れない
  貧富はあっても好きでさえあれば愛しあう
  種をこえて子犬を生むんだ
  育てるんだ
  何もすることがないなんて嘆かない
  世界は美しいもの
  どんなにつらくて死にたいときも死なない
  生きたいって吠えるんだ
  愛したいって生きるんだ

  ……つよくて優しかったよ ぱて ありがとう 」

 「 愛するひと」わたしは泣きながら吠えました
 「 愛するひと
  ひととしてあなたを守れなかったぼくは
  もうひとじゃないけど
  ひとの日の記憶が薄らぎはじめているけど
  ぼくは犬になったいまも

  あなたを愛してる 」


「 ぱての夜明け 」( 了 )

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