高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』


海は月のひかりに満ちて


やけに月がまんまるで
明るく澄んだ静かな夜には
潮の遠鳴り
うぶ声がきこえてきます
あんまり明るいひかりを浴びていると
海の波だけが静かに揺れているような
あたりの時間が止まるような
遡ってゆくような気がします

赤んぼを産んだ日わたしは父の
なつかしい声をききました
島育ちの父はよく話してくれたのです
潮が満ちるとこどもが生まれる、と


 潮をみてこい にいさんの声に
 踊りあがって駆けだしたぼくに
 潮風が( 生まれる )
 赤んぼのように泣きながら( もうすぐ )
 月のひかりは( 生まれる )
 波とくちづけあい( ぼくの )
 こころにあふれ( ぼくの )
 素足をあらい( 妹が )
 岸辺をぬらし 潮は( どこから )
 満ちていた( くるの? )
 ひかりの波を泳いで
 かえりついた家
 いのちを待ちのぞむおんなの
 汗が 熱い湯気が立ちこめるなか
 ( けむる沖からうみどりの鳴き声)
 うぶ声を 響かせたぼくの
 妹は

 あの夏の日
 戦地にゆくにいさんを見送った
 かえり 父と母にしがみつき
 抱かれたまま( しずんでゆく白い船 )
 かえってこなかった( うみどりは飛びたち )
 あの夜ぼくは かなしい潮の遠鳴り( うみどりが )
 わかれの声をきいた( 好きだったおまえは泣きながら )
 おにいちゃん
 月のひかりの明るい夜に
 わたしの赤ちゃん
 うぶ声あげるんよ
 波に揺られてやってくるんよ

 あれからぼくはおじさんになったよ
 戦地からかえったにいさんに赤んぼができた
 おまえおばさんになったんだよ
 月のひかりの明るい夜に
 ぼくも死んでゆこう
 月のひかりにうぶ声をはらみ
 おまえを産み のみこんだ海に
 ぼくはおまえの
 愛するおまえの
 子宮にかえろう
 こどもを産めなかったおまえに届くような
 うぶ声を きっときかせてあげる


こんな都会に住んでいても
月はやっぱりまんまるです
月のひかりにむかえられ
羊水の赤んぼは
閉じたちいさなてのひらを花のように開き
ちぢめた手足を茎のようになびかせながら
あわをはくのでしょうか

都会の産院で赤んぼを産んだ日わたしは
潮の遠鳴り 月のひかりに満ちあふれた
海につつまれました
父と 戦時中なくなったというおばさんの
声をききました

月のひかりをみつめていると
父が死んだのもついこないだのことのよう
おとうさん
おとうさんはもうおじいちゃんよ ほら
いま泣いているこの子の声がきこえる?



「 海は月のひかりに満ちて 」(了)

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