高畑耕治詩集『愛(かな)


うぶごえ

いつもみあげていた背をいつのまにか
おいこした今も おかあさんあなたを
みあげています
目のうえからそそがれた
乳いろの雨だれ
まなざしにまもられ 育てられたぼくは
愛するひとにまなざしをそそぐことができず
あなたの目に子供をよみがえらせることもできず
成長をとめ ちぢみはじめ
おなかばかりふくらみはじめました
おなじ年頃のたいへんだけどしあわせな
ははおやのおなかのふくらみに
あこがれ そんけいし
ねむる胎児にしっとしながら

あなたの胸に手足をちぢめゆられた
あなたの背に手足をひろげはりついた
やすらかなときはいつのことでしょう


だんだんちいさくなってゆく
おばあちゃんの背中を
おもいやるあなたのまなざしに
おおきくなってゆくもの
ふくらんでゆくものを
もう一度 みせてあげたい
おとことおんな
はだとはだ
せいしとたまご
こころとこころ
なにがめぐりあえたら
ひとは生まれるのでしょう
あなたがひとを愛しはじめた
もっとむかしにぼくは生まれていた
気がします

おかあさんがおばあちゃんのおなかから
生まれるときあげた
声をききたい
おばあちゃんがおばあちゃんのおかあさんのおなかから
生まれるときあげた
声をききたい

ぼくと同じ瞬間に生まれた
海辺の砂つぶ
犬や猫やかえる 草花や木々
海がめやくじらやたこ ことりやみみず
すずむしやこおろぎ 波や風や星
いっせいにわめいた赤んぼたちは 今
どこでどうしているのでしょう
もう誕生祝いという年でもないから
同窓会をひらきたい
黒かった髪に一本一本ふえてゆく
白髪のひかりに
さきに死んでしまったやつを
思い浮かべながら

生まれる瞬間 ぼくたちは合唱しました
ぼくのうぶごえを聞きながら
同じ瞬間 おおくのちちやははが亡くなりました
死ぬときぼくらはばらばらです
もう全員で合唱することはない
今 ひとつひとつきえてゆく
おさななじみの最後の声を聞きとりながら
あなたから この世にとびだしたときの
はじめての声
元気なものか 弱々しいものか
うれしかったか かなしかったか
もうおぼえていないけれど
ういういしいうぶごえをもう一度
こころのおくからふりしぼりたいと
手足をちぢめ全身をふるわせ まっ赤な顔して
うたっています

死んでしまったやつ
「 さようなら 」どこでどんな
うぶごえをあげているか
わからないから「 さようなら 」
瞬間瞬間わきあがるあらたな
うぶごえの合唱のきっとどこかでうたっていると信じて
「さようならこんにちは」
わたしも あい愛
うたっています



「 うぶごえ 」( 了 )

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