高畑耕治詩集『愛(かな)


ほたる

おねえさん お元気ですか
わたしは元気です

花火をしました
あんまり暑いので河原に歩いてゆきました
街灯のない夜の道は好きなのですが ひとりでは
警官が尋ねてくるのが迷惑です
恋人がほしいと思います
昼間
木とはりあうようにあんなにくっきり
土に焼きついていた木の影が
みえないのがおかしい
夜は木と抱きあってなかよく眠っているのかな

河原の石に腰をおろし
月のひかりがゆらめく水面をながめました
水の音が虫たちの愛しあう声とまじりあい
みえない星のひかりのようにひびいています
草のまに薄化粧したねむたげな花がゆれています
ひんやり 肌を風があらったかと思うと
草いきれがぱっとからだに流れこみ
わたしをいっぱいにふくらませ
涙になりました

対岸の草むらにちらちらと
ひかりがとびかいました
ほたるがいる
よろこんだら
散歩するひとの煙草のあかりでした
ほたるはどこにいったのでしょう
くるまのおしりのテールランプを
美しいと感じるこの目が
ほたるをころしたのでしょうか

おねえさん お元気ですか
わたしは疲れました

それでもほたるのおしりのひかりのような
花火が
ぽっとまるいひかりをひろげたとき
笑っているあのひとの顔が
うかんで きえた
そんな気がしました

ほたるのようにわたしも
きえてしまおうと思ったとき
とんでもない方角から歌声を
風がはこんでくるように
耳のおくにふしぎな音がひびきました
病気とたたかいながら
死んでいったあなたの
苦しげな笑顔からもれでた
やさしい声が
がんばれ がんばれと
なつかしい声が
星と水と愛しあう虫たちの声にまじりあい
ふりそそいできたとき

こどもだったあなたのてのひらを
あかくそめたあのときのほたるが
かなしい音をたて
とんでゆきました

おねえさん ありがとう
わたしは元気です



「 ほたる 」( 了 )

TOPページへ

アンソロジーAいのち・かなしみ 目次へ

詩集『愛(かな)
目次へ

サイトマップへ

© 2010 Kouji Takabatake All rights reserved.
inserted by FC2 system