高畑耕治『死と生の交わり』


 殺されたひとに ひとりのひとに


涙を流した
絶望のなかで死んだひとに
そのひとのために そのひとの死のために 流れた涙だとはいわない
そのひとにわたしをなげこんで わたしのために 泣いた
そのひとがわたしのなかで涙を流した

あのひとの絶望と わたしのまだ絶望ではない哀しみは
隔てられていて 交わることがないのかもしれない
わたしの哀しみ わたしの苦しみ わたしの涙など
絶望し死んでいったあのひとにとって
なにものでもない
あのひとの生は絶望で終ってしまった
あのひとのねがいは あのひとの感受性があふれだすような心は
絶望にのみこまれてしまった
死の瞬間 あのひとの瞳から希望が奪われたままで
そのままで 死んでいくなんて
たまらない
けれど わたしにとってあのひとは
あのひとの感受性は あのひとの言葉は
絶望のなかで殺されたあのひとは
じかにふれあうことがなくても 大切な かけがえのないものだから
わたしのなかに かけがえなく生きている
絶望のなかで死んでしまった
とりもどせないあのひとに涙を流した
わたしのために涙を流した
あのひとは わたしをけっして知っては感じてはくれない

けれど あなたは
このすぐに消えてしまうわたしのなかでは 生きていてください
それがあなたに感じられず あなたにとってなにものでもなくても
絶望が あなたのすべてを閉ざしてしまったとしても
あなたが生きたことは
あなたの言葉は
わたしのなかで 響き わたしを励ましてくれるから
わたしにつきささった あなたにむけて涙を流した
わたしのために涙を流した
わたしの涙が どうしようもなく無意味なもので
わたしを慰めわたしを励ますものでしかないにしても
その ひとしずくぐらいはせめて
あなたに 響いてほしいのに
あなたの絶望に くいいってほしいのに

あなたは もう いない
わたしのなにものも あなたに とどかない

あなたは わたしのなかで 響いていてください
わたしの生命がどんなにつまらないもので
なにもできず消えさっていくにしても
こんなわたしが あなたを
この心のなかに みつめつづけることを ゆるしてください
わたしが涙を流すとき
わたしの苦しみわたしの哀しみのために涙を流すとき
わたしはわたしのためにしか涙を流せないにしても
わたしが かけがえなく心にみつめつづけたあなたは
わたしの心のなかで あたたかな響きをささやきつづけるあなたは
わたしの涙の
不純ににごるわたしの涙の
ひとしずくでいいのです
その ひとしずくを
あなたの やさしい心にあふれたねがいをかみころされた絶望で
透明に 響かせてください
そのひとしずくの流れで
わたしのなかに 生きる あなたは
わたしを 励ましてください



「 涙 」( 了 )

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