井上優の詩

詩「明日が始まるとき」「蜜」「子どもの黄色いクツ」。
詩集『厚い手のひら』(二〇一一年、コールサック社)所収。



明日が始まるとき


夕焼けで 街が絵本に色づく頃
オレンジ色の雲は 早足で仕事をしていて
明日を果実にしようと 忙しい

日給七千円で
ワーキング・プアーをやっている僕は
手に夕日で熟れた金貨はないけれど

ふと 夕焼けが運んできた
絵本を 手にする
そして
「 遠くまで行くんだ 」と 
君につぶやく

  *

星空がやって来て
やがて宇宙が 呼吸をはじめ
やっとそこで 本当の呼吸が始まる
  ☆
無重力に解き放たれ
膝を抱えて 月の軌道を
クルクルと回転しながら
メルクリウスの碧い金属の涙を流す
決して凍らない涙


自分の涙のために
舌の剣で 屈辱を組織するのではなく
明日のために
出来ることを探そう
( 愛を組織しなければならない )

  *

『 あの頃は 僕らが夏だった 』
そう言える 日々のために




本当の夢を見なければ
人間は生きて行けません

そうでないと
人間が産まれたときに
持っていたはずの
なにか重要な臓器を
無くしてしまうようです

普通の大人は大切な臓器が 一つ足りないのです

重要な臓器って、人それぞれでしょう
それはもしかしたら 翼という器官かもしれません

ぼくはその臓器は 鮮血を吹き上げる
熱い鼓動をする 臓器だと思っています

人を愛する 魂の臓器です



子どもの黄色いクツ


 福島の震災ボランティアへ行った
 防護服無しでは テレビ局も立ち入らない
 原発から40km地点の小名浜海岸

瓦礫の山に 呆然とし
TVプログラムを見るように
現実感は湧かなかった

車を降りて無残な建築物の
写真を撮った


 そこで初めて
 現実が僕に訪れた

瓦礫( がれき )の下に
小さな黄色いクツを
片方だけ見つけたのだ

 僕のまわりを覆っていた皮膜が破れた

 ベトナムの人達が集団で
 日本の被災者のために
 祈っていた
 彼らの故国でも そうであったように

 その意味はわからなかったが
 アヴェマリアの単語だけはわかり
 やがて
 アヴェマリアの祈りを捧げているのが聴こえ
 頭( こうべ )を垂れ 共に祈った

 多くの家々は 津波で柱だけが残され
 家の中はといえば
 流されずに残った家財が
 時を忘れて 佇( たたず )む

家の中 子供の椅子に
亡くなった子を 悼( いた )んで
泥で作ったウサギが
リボンをつけて 座らせてあった



 一歳半の自分の子シオンが
 “泥のウサギ”として そこに
 座っていると想像すると
 発狂しそうに狂おしくなり

僕は思わず 黄色い小さなクツを
思い切り抱きしめ続けた

   〇

堪( こら )えて
5分間車で走り
小学校の校門の前で
 大声で
 涙で熔けるように
 泣いて 泣いて 泣いて
 泣いた

それでも 避難所での炊き出しの為に
トイレの鏡の前で 笑顔の練習をした

   〇

一緒に炊き出しをした
ベトナムの人たちと握手し

英語で ぽつり ぽつりと
小さな黄色いクツのことを話した

互いに 目を 瞳を 見つめ合い

涙をこぼした ドボドボと

彼らの瞳からも ドボドボと涙が滴( したた )った


著者略歴
井上優(いのうえ・ゆう)
一九七〇年 群馬県前橋市生まれ。英国Byam Shaw美術大学中退。
二〇〇七年 第一詩集『生まれくる季節のために』( 榛名まほろば出版 )
二〇〇九年 絵本『眠りの子犬』、『ウサギしんぶん』、『シオンくんのふしぎなクツ』( 電子出版・えほんのほっ )
二〇一一年 第二詩集『厚い手のひら』(コールサック社)

二〇〇八年詩と思想・新鋭詩人に選ばれる。
日本キリスト教詩人会、日本詩人クラブ、日本現代詩人会、日本児童文学者協会会員。

掲載されている詩の著作権は、詩の作者に属します。

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