詩人 紫野京子

「日溜まり」、「笹舟」収録詩集『風の芍薬(ピオニア)』、
「草絮(くさわた)」、収録詩誌『惟(ゆい)』第四号。


日溜まり


白壁の土蔵がつづく
路地の奥には
忘れられた光が佇んでいる

目には見えないひとりの幼児が
その光のなかから駆け寄って来る

澄んだ笑い声が
空へと昇ってゆく

日溜まりには
失われた時と
逝ったひとたちのおもいが
漂っている

忘れてはいけないからではなく
忘れられないから
私たちは 今も
逝ったひとたちと共にいる

死んだ人の方が
近いのは なぜ
そう思いながら
生きている人の心を探す

夢の切れ端が
こんなにも重い

記憶の海に沈んでいる
流れていった虹
水に溶けた絵

永遠に喪われた時が
私たちを浸している


笹舟


川面の上に そっと置いた
小さな舟

流れゆく
ひとつの いのち

灯を消した後にも
闇のなかに
仄かに見える
光の暈

湖に投げられた石が
沈んだ後にも
広がり続ける波紋

そんな風に
触れた手の感触が
消えずに残っている

逝ったひとの吐息が
今も ふと甦る

テーブルに木漏れ日が映っている
揺らぎ止まぬ心のように

 私は どこから来て
 どこへゆくのか

さみしさと背中合わせのその問いは
いつも消えることなく光っている
手の切れそうな葉先の上で


草絮 (くさわた)


こんな明るい陽射しの日には
草絮が空高く飛んでゆく
小さな光となって
どこに辿り着くかもわからないまま

もし人間ならば 多分
胸をドキドキさせて
瞳を輝かせて
期待でいっぱいになって

望むことは大切なことだ
望み続けている限り
いつか思いのままに
飛んでゆくことができる
夢みた地に辿り着くことができる

そんな子供の夢を
そのまま信じてもいいような気になって来る
白い ふわふわの 生きもののような
ひかりのなかに消えてゆく
綿毛をいつまでも見つめていると


著者 紫野京子(しの きょうこ)
1947年10月24日生
1995〜2007年 詩誌『貝の火』編集・発行(1〜16号)
2007年〜 詩誌『惟(ゆい)』編集・発行(1〜5号)
日本現代詩人会、日本詩人クラブ、他会員。「季」同人。
著書
1981年詩集 『心のなかの風景』    花神社
1988年詩集 『虹と轍』        月草舎
1988年句集 『陽と滴のかけら』    月草舎
1990年詩集 『死と影の谷間』     花神社
1990年詩集 『紫野京子詩集』(選詩集) 近分社
1992年詩集 『夜想曲』        花神社
1994年詩集 『ナルドの香油』     花神社
1999年詩集 『火の滴』        月草舎
2000年エッセイ・評論 『夢の周辺』   月草舎
2010年詩集 『風の芍薬(ピオニア)』  月草舎

掲載されている詩の著作権は、詩の作者に属します。

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