詩人 宮城松隆

「沖縄戦と看守S」収録詩集『宛先不明』、
「避難」収録詩集『闇の人影』、
「グルクンの目」収録詩集『しずく』。


沖縄戦と看守S


遠い記憶の闇の中で
戦争はあったようななかったような
真実が隠蔽されようとしている今
累々と洞窟から掘り出される白骨
悪霊が飛び交い
虐殺されていった人々
自決を迫られた人々
従軍慰安婦
真相があばかれ像を結ぶとき
飛べない民衆の慟哭が聞こえてくる
幻聴でもなく
悪夢を見ている訳でもない
血のしたたり
涙のしたたり
語りたくもないと
開いたままの傷口と生きる未亡人

看守Sよ
囚人との長い日々の
逃避行には
どんな意味が隠されていたのか
砲弾の中をくぐり
壕を掘り
そしてまた次の壕へと去る
次から次へと壕を掘り
壕を去り
南へ南へと追い詰められた
そのあげく
具志頭村大屯の地で果てた

看守Sよ
アラヒト神は
あばかれた
殉職の意味は何だったのだろう
あまりにも悲しすぎる死ではなかったか


避難


燃えさかる火災をくぐり
俺を背に
逃亡していった母のいのち
幼年の記憶をたぐりよせ
安住の地を求めて彷徨した

那覇から北へ何千里
逃亡の先に待ちうけていたのは
防空壕
艦砲射撃におびえ
焼夷弾の燃える夜に
幼年の記憶が燃えていく

股間を撃ちぬかれ
もんどりうった爺が
帰らぬ人になろうと
悲しい叫びをあげる者もいない

地獄を見てしまった者たちの悲しみは
決して涙にはならず
涙さえもすでに涸れはてて
まんじりともしない夜が襲ってくる

艦砲射撃の嵐は
憐れみ深き民の心を引き裂き
  ――泣きわめく子供を殺せ――
閉塞された壕の中
ギラギラ光る殺意
糞尿の臭気と共に
避難民の心は風に乗って飛んで行く

壕という住まいの中に渦巻く
晒された欲望・狂気・殺意
きのうもきょうも
またあすも
安住の地などどこにもなかった


グルクンの目


魚が食卓に
普段はサシミなのだが
今晩は一匹魚
ギョロッと見開いた目が
僕を見つめている

グルクンが僕を見つめている
焼かれても目だけはギョロッと

僕は食べる そうして生きる
グル君は何を食べた
稚魚か海草か
その稚魚は海草は何を食べた

ギョロッとした目
決して悲しいでも楽しい目でもない
厳しく僕を見つめている
食物連鎖を断ち切れと
TVでは連日貪欲を煽り立てている

食文化と称し
美味の探求が連綿と続く
それは単なる欲望の追求なのか
食通として称賛される
ありとあらゆるものが料理される
よこしまな倫理

やがてグル君は背骨のみになる
それでもギョロッとした目で

僕を見つめている
グル君よ僕は君を食べた
僕は何に食べられるのだろうか
生きとし生けるものの悲を食べる


著者 宮城松隆(みやぎ まつたか)
1943年 那覇市生まれ、琉球大学国文学科卒
著書 詩集『島幻想』(1990年)、『宛先不明』(1993年、潮流出版社)、『現代詩人精選文庫、第61巻・宮城松隆詩集』(1995年、表現社)、『闇の人影』(1999年、漉林書房 )、『逢魔が時』(2001年、編集工房アオキ )、『しずく』(2006年、同上)、『新選・沖縄現代詩文庫D 宮城松隆詩集』(2009年、脈発行所)。
エッセイ集『詩語の密度』(1994年、脈発行所)。
所属 日本詩人クラブ、詩誌「非世界」、「脈」。

掲載されている詩の著作権は、詩の作者に属します。

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