詩人 山本みち子

「あらう」収録詩集『オムレツの日』、
「方言札」,「ヒメユリは」収録詩集『夕焼け買い』。


 あらう


おさな子のように無防備なひとを あらう
まるく前かがみに腰かけるひとを あらう
すべてを脱ぎすて皮膚の内まで透けて見えるひとを あらう
それでも うすい胸のあたりを両手で包むひとを あらう

わたしにたっぷりの乳をふくませたところを あらう
わたしをしっかりと抱きとめたところを あらう
わたしを厳しくたしなめたところをあらう
わたしを背負い戦火の街を走りぬけたところを あらう
わたしを十月十日あたため育んだところを あらう

たよりなく佇むひとを あらう
微笑んではうなずくだけのひとを あらう
ひとり何処かへ歩きはじめたひとを あらう
先立った人たちと楽しげに語るひとを あらう
うつくしいひとを あらう

八十九年の歳月を あらう


 方言札


タカシは 今日も方言札を首にぶら下げながら運動場を
走り回っている かまぼこ板ほどの木札はカチャカチャ
と胸のあたりでにぎやかだ

今日からは標準語で話すこと ウチナーグチ*2をつかった
者はこの札を下げます では がんばりましょう
担任のハルコ先生は 少しいかめしい顔で言うと 麻紐
の付いた木札を黒板の端にぶら下げる
方言札は ぎらりと教室や運動場を見回しはじめた

算数の時間に カズオがわざとジュンコの足を踏む
「 あがー( 痛い )」 悲鳴をあげるジュンコの首に
「 ほら 言った 言った 」と 方言札を掛けるカズオ
三度目の札を掛けられたジュンコは わあっと泣きだす
タカシは ジュンコにそっと言う おれの足を踏め

おばあだって
おじいだって 生まれた時からウチナーグチで話してい
るのに なんで急に標準語なんだろ
話したいことを いっぺん頭の中で考えると 胸が苦し
くなって もう何も言いたくなくなる

八回目の方言札がタカシの胸で勇ましく揺れている
あれっ ハルコ先生も笑うとる

*1 方言札 学校教育の一環として日本の共通語を使わせるために行なわれた、見せしめの札。
*2 ウチナーグチ 奄美、沖縄地方の方言の意。


 ヒメユリは


その時 乙女たちは
女であることを忘れなければなりませんでした
命じられたことを 忠実にこなすために
立ちはだかるものと追い詰めるものとに囲まれながらも
人間であることを棄て去ることは出来ませんでした
  ……語りべの老女の ささくれだった指先

暗く湿った洞窟の片隅で口ずさむ歌は けっして
外に漏れることはありませんでしたけれど
それぞれの胸の奥で 反響し 谺しながら
やわらかい心となり 力となりました
  ……語りべの老女を支える 一本の細い杖

呼ばれても 呼ばれても
明るい風の中に出てゆくことはしませんでした
湿気の底で 石のように耐えるしかなかったから
父母の声も 友の声も
打ちよせる波の音すら届かぬ 近くて遠い場所
  ……語りべの老女の 皺の中でうるむ目

果実のように膨らみはじめていた胸
紅を点すこともなかった唇
透き通ったふくらはぎ 束ねた黒髪
ガス弾で舐め尽くされたその日を
あの崖の途中に咲くヒメユリは憶えているはずでございます
  ……語りべの老女の ゆるやかに光る白髪
           ―沖縄・ひめゆり平和祈念資料館―

注 植物の花のヒメユリとは直接関係はなく、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高女の交友会誌がそれぞれ「 白百合 」、「 乙姫 」と名付けられていた。両校が併置され両方の名前の一部を合わせ「 姫百合 」に。「 ひめゆり 」となったのは戦後。



著者略歴 山本みち子(やまもと みちこ)
熊本生まれ、
詩集 『彦根』、『雛の影』、『やさしい習性』、『きらら旅館』、『万華鏡』、『海ほおずき』、『オムレツの日』、『夕焼け買い』。 所属 日本文藝家協会、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、近江詩人会、「馬車」、「砧」、「ふーが」、「む」。

掲載されている詩の著作権は、詩の作者に属します。

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