高畑耕治の詩


焦がれびとのうた




シャボンの泡のなか
膝を抱えて座っていた

ひかりは七いろに濡れ移ろい
優しかった
微笑みこぼれた
羊水をたたえたこころの
羊膜のゆらめきだった

柔らかなまま
ほかのシャボンと
交わりつながろうとした


いきなり裂かれ
破水した
シャボンは凍りガラスの
破片の瓦礫
死産したこころ

交わり動くたび

痛む
無惨な
無愛の
うたばかり

愛いろ
いつやら
無愛いろ
いつのまにやら
憎悪いろ
なんて醜く
染められて
ひとのこころは
どこへやら
ひとでまだあるかと
自問するとて
ひとでなし

ひとを愛せなくなるほどひどく
悲しいひとになれるなんて
おもうことすらできず無邪気に
育まれたのですね

ああ
あわれ
ひと

嘆かずないないづくしに耐えましょう
愛もない優しさもない美しくない
こころふるえない虚しさの
今にさらされましょう

憂鬱に溺れ埋もれても
焦がれるこころの種子であることだけ
忘れず
棄てずに
何憶光年かのちどこかの宇宙で
狂い咲きする
甦りのときまで

ひとと
あなたといつかふたり
愛しあえる
ひとでわたしがあれますようにと
乾いた殻のなかミイラの
永い眠りに落ちながらも

愛しあいたいあなたと

そのことだけをただ
ひたすら
黙って
いのちと生まれたすべてで
祈りつづけて

狂おしく静かにあなたを
愛しつづけたい

その日まで
いつまでも





「 焦がれびとのうた 」( 了 )

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