高畑耕治の詩


ドライフラワーの香り


 春になるといっせいに開く花だそうです。

 桜散り、後追うように枯れてしまう、情の深い花だと聞いております。
 憧れながら、花やかに咲くことも萎れることもできないわたしはチューリップ、 のドライフラワーでございます。
 結ばれたふたりへの贈り物でした。
 花言葉は枯れぬ愛。
 町中の狭い部屋には日射しもまばら、風もささやかず雨音も聞こえず、 小鳥のさえずりも、ちょうちょの口づけも、なんにもありません、が、 わたしはしあわせだったのでございます。
 愛しあうふたりの息吹はあたたかく、まるでいちめん桜のささめき。 くすぐったい喜びにわたし頬を染めておりました。

 桜散る。わかれの日、
「 これはあなたに」わたしあの女(ひと)好きですから、あの女の思いのままに、 涙ぐんで男へ身売りしたのでございます。
 間のぬけた部屋には西日の熱いキス、隙間風、雨のしぶき、蚊のはばたき、 米軍機のうなり、高速道路の爆音と、とても盛沢山ですが、わたし、むなしい。 助けてください。
 笑わない男の目は不気味です。
 死んだ魚、濁ってとろん、開きながらなんにも見てません。いかれています。
ちらっと流し目むけられるとぞっとします。が、ときおり、ぺろんぺろんの膜が破れて、 滴がこぼれます、と、ちいさなまるい水たまに揺らめく、水中花。
 ああ、あの女がいる。
 なつかしい、香り。ささやいているのです。が、馬鹿な男。気づきません。 感傷に浸って大切なもの、なんにも見えない。

 今年も葉桜あおぎ、チューリップは今、萌え尽くそうとしている、と風の便りに 聞きました。あの女もまた萌えている、と聞きました。わたしうれしい。
あの女はチューリップ。ひかりに揺れてる微笑み、想うとしあわせです。
 だからわたし怒ってます。あのやさしい花を苦しめたこと、なぜわからないのでしょう。
こんな男と同じ部屋で過ごせるのももうわたしだけ、アルコールを浴びニコチンに むせぶのには慣れました、なんの望みもありません。が、わたしはあの女からの贈り物、 枯れない花言葉。ドライフラワーの悲しみを、香らせるばかりです・・・・・・


 「 わたしを思い出の生け花になんかしないで。
  咲くことができるって、枯れることができるって、
  しあわせだと思わない?

  ふたりの愛は枯れたけど、まだ生きたいのなら愛(かな)しみを、
  咲かせるしかないじゃない。
  いちりん、いちりん、
  ひかりに揺れて泣きながら、微笑みを、
  香らせるしかないじゃない。
  離れているから、香りはきっと溶けあうわ。

  あなたまだ泣けるじゃない、
  乾ききってないじゃない、
  ね、
  涙からもう一度、
  あなたの愛を香らせて 」


「 ドライフラワーの香り 」( 了 )

TOPページへ

A りすの木の実
目次へ

サイトマップへ

© 2010 Kouji Takabatake All rights reserved.
inserted by FC2 system