高畑耕治の詩


 ぞうさん の心


 愛しい瞳


 おかあさん、どこへ行ったの?
 わたしを守って死んじゃったの?

 わたしたち、愛しあっておりました。ぞうですから。
 愛しあうわたしたちを引き裂こうとするものがありました。 ひとです。

 生きものが生きるために殺し食べ、殺され血を流す苦しみの すぐそばでおかあさん、あなたはいつも静かに草を食んでいましたね。
 厳しい乾きの季節にも、長い鼻先で水を探り当て、掘り起こし、 わたしたち子どもに浴びせてくださいましたね。
 ひとに追われ逃げ惑うわたしたちを守り、標の星となり、 導いてくださいましたね。
 あなたの土色の肌が夕陽に赤く染まると、あなたは燃える星でした。 あなたの影は長い尾をひき、わたしたちに手を差し伸べ、 歩く勇気を与えてくださいました。
 わたしたちは草原の流れ星、いのちの流れ星でした。

 おかあさん、銃声に閉じたあなたの瞳は、けれどけっして閉じはしないのですね。
 悲しみの予兆、黒く渦巻く雲、恐ろしい雷の轟きに脅えるわたしたちのこころに、 雲間に漏れでる星の瞬きのような、あなたの囁きが聞こえるのです。 あなたの優しい瞳が今、語りかけてくれるのです。
 どんなに激しい嵐に襲われても、宇宙の海に瞬いている美しい星、 この瞳に宿る愛のひかり、愛しあうこころだけは壊されはしない、と。

 あなたが殺された地に、悲しい血を吸い込んだ地に、ふたたび草は萌え、 あなたが香りだしました。
 あなたは草原の、この地、この星の魂。
 わたしたちには見えるのです、草原に立つ大きな樹木となったあなたが。
 あなたはあなたが食べた草たち木の葉たちの願いの塊だったから。
草たち木の葉たちの祈りをいっぱいに含み込んで土に、この地に還ったのですね。 どんな嵐にも倒されない、この星のこころに根ざした樹木、愛の樹木となって。

 あなたの木陰でわたしたちは今、木の葉の囁き、星の瞬き、 あなたの声にこころをふるわせ、祈っています。
 愛しあっています。ですから・・・

 おかあさん、いつまでも見守ってください。
 わたしたちが、この星の喜び、愛の星の、
 美しいひかりとなれますように。


「 愛しい瞳 」( 了 )

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