高畑耕治の詩


 ごりらさん の心


むかし、美しい森に


 ぼくには大切な女性(ひと)がいます。木のおばあさんです。太い枝におい茂る草たちとぼくに、いつも優しく語りかけてくれるのです。

「 むかし、美しい森に、滅ぼされようとしている種の、最後のひとりにされてしまった、悲しい生きものがいたの。
 絶滅するしかない最後のひとりになんて、誰がなりたいでしょう、彼女は死にたかった。
 でもその時、なぜかこころがふるえたの、種に語りつがれてきた、森の祈りに。
 おかあさん、わたしたちを守ってください。いのちを生み育ててくれるあなたを、悲しみの森、死の森にはけっしてしませんから・・・ 」

「 種のいのちはもう伝えられない、思いは途絶えてしまう、けれど彼女は森を愛し、祈りつづけたわ。森のこどもだから。それだけで。
 やがてまたひとがやってきた。森は切り裂かれ、燃やされ、深く傷ついてしまった。
 彼女はなにもできずに、滅んだの。森に根ざして生きた、おおくの種とともに・・・ 」

「 開拓と呼んで利用した傷口は荒れてゆき、ひとは逃げていったわ、なにもできずに。
 けれど彼女は、滅ぼされた種のひとりひとりは、愛する森を見捨てなかった。地にかえり、土となっても抱いていたの、森の祈りを。
 そして芽吹いた、傷口を癒すみどりとなって。追い出されさまよっている生きものたちを呼び戻す、木霊(こだま)となって。
 そう、とても遠いむかしの話。甦ったこの森であなたは生まれ、わたしと出会ったの 」

 ぼくは涙を流していました。大切な女性の愛(かな)しい枝に抱かれて。
「 あなたもひとり、だけど無力なひとりの、ちいさな願いに、森の祈りは灯りつづける。
 わたしはもうおばあさん、でもいつまでも、あなたとおなじ、森のこどもよ 」


「 むかし、美しい森に 」( 了 )

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