高畑耕治の詩


 やぎゅうさん の心


地平線へ、歌を探して


 わたしが生まれた日、地平線はもう、消えていました。土の香らない狭い道の果てには、ビルに歪められた空が泣いていました。
 無表情に塗り固められた地には、草花の微笑みも香りもなく、歌が聞こえません。
 草原の息吹を感じとれない人間が、柔らかな肌を傷つけ、息を止めようとしています。

 わたしは保護される身です。哀れな滅びゆく種、とされて。ひとりひとり仲間が殺されてゆくたび、ひとりひとり草花が押し潰されビルがはえてゆくたび、夜空の星もひとつひとつ瞳を閉じ、ひかりを伝えてはくれなくなりました。この星の瞳はかすんでゆきます。

 わたし、夢をみました。伝えられた記憶だけに咲く美しい時。遥かな懐かしい地。あの草原にいたのです。あの地平線が呼ぶのです。
 わたし、駆けてゆきました、仲間たちと。ひづめが土と激しく交わり、結ばれる喜び。丘を越えると、地平線はさらに遠くから、わたしたちを呼ぶのです。
 あそこへ。
 駆けてゆこうとして、目覚めました。やっぱり、夢でした。

 でもわたし愛しました、子を産んだのです。滴りおちる白い乳に、草花の香り、星のひかりを初めて、感じたのです。ここに、い ま も、あるんだ・・・。
 乳を無心に欲しがるこの子の瞳に、失われたはずの星たちが瞬いています。わたしの、この乳房は、この子の草原なんだ・・・。

 この丘から、この子の頼りなく震える足は、踏みだすでしょう。わたしの夢を越えて、この子の地平線を求めて、駆けてゆくでしょう。
 草原を駆けめぐるひづめの歌、草花と風、光と影が奏でる草原の歌が失われてしまった、悲しい地平線のむこうに。
 星空とこの地の交わる、美しい歌を探して。


「 地平線へ、歌を探して 」( 了 )

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