高畑耕治詩集『さようなら』


ゆりと海うと水の花


気づくとゆりはがけに咲いていました
つぼみをひらき はじめてすった息はしお辛い味がしました
うつくしいすがたにおどろいて 潮風が
どうしてこんなところに咲いているの?
ゆりはかなしげに
そんなこと きかれたって いわれたって わかりません
海をみつめて泣くばかり

岩かげで寒さにふるえていたひとりの海うに
うたごえはどどきました
ゆりがうつむいた泣顔をあげると
みしらぬとりが歯をくいしばりはねをひろげています
こごえていたゆりに吹きつける 痛い潮風を
くいとめようとしていたのです

あなたはどこからやってきたの?
ぼくは川ざかなをつかまえていました
ひとに飼われていたんです
川岸にたいまつのあかりが燃える夜
水にもぐって さかなをつかまえのみこみはきだすのです
晴れやかなショーでした
ごめんなさい あなたのお話わたしにはわかりません
どうしてこんなところにやってきたの?
逃げだしたんです
海を飛びたくて 海うですから
あなたは飛ぶとき花になるのね
母はやめろといいました もうふるさとの海はないと
でもぼくはさがすんだ

あなたはとべていいな わたしどこにもゆけない
ゆれるきみのうたごえ 涙はうつくしいよ
笑顔はもっといいとおもう
だれにもしられずゆれていてどうなるの?
ぼくは忘れない ふるさとをみつけたらきっと
かえってくるよ
さようなら みつけてね かえってきてね
飛びたった海うはあおい空にいちりんの花をさかせました
逆光にくろいはねをひろげた海うのすがたが
とおくきえてゆく空を
ゆりはいつまでもみあげていました

まえにもましてさびしくなり ゆりはうつむき
海をみつめて泣くばかり
はなびらにしずくがうかび がけをおちてゆきます と
どうしてあなたは泣いているの?
がけしたからこえがきこえます が
ゆりにはみえません
あなたはだれ?
とおい沖からやってきた波が
がけしたの岩にぶつかりくだけちりながら

ぼくたち一瞬ちったら二度と咲かないさようなら

まばゆいひかりのなかで あおいなみは岩にぶつかっては
かがやき ちり きえてゆきます
ゆりには岸辺にむかってやってくるあおい波のふくらみが
みえるばかりです またがけしたで

一瞬ちったら二度と咲かないさようなら

あなたたち ちりながら花になるのね
はなしあうにはあまりに短すぎる水の花のいのちです

  さようなら

    さようなら

      さようなら

        さようなら

ひとめだけでもとねがっても がけしたにおりてゆけません と
ゆりの涙のしずくがゆらめき
波の涙のしずく 水の花へ
ちいさな虹がかかったのです がけうえとがけしたの
ちいさな虹
はかなくうつくしい七色のかがやきに
花はむすばれました

海うのふるさとの海はえんとつのけむりにおおわれ
もうだれもいませんでした
とおい空をさまよい ちからつきておちてゆきながら
海うはゆりをおもい ふりかえるひとみに
海と空をむすぶ
おおきな虹がうつりました
はるかむこう ゆりの岸辺から空をこえてかかった
はかない虹のかがやきをすべりおりるように
海うは海へちってゆきました
ふるさとにかえったのです

潮風がたえまなく吹きつける海辺のがけは
うつくしく ひとりきりで生きるには
きびしすぎるあれ地でした
ゆりは花のこころを忘れたひとにすてられた
かんしょうようの球根だったのです
根づくことができなかった根はかわき
がけからころげおちてゆきました が
ゆりはなぜか かなしくありません
あおい波におちてゆき むかえてくれる
むすうの水の花たちに抱かれた瞬間
ひとつの水の花を咲かせました

  生きるのは苦しかった けど
  あなたと出会えたから わたし
  生まれてよかった
  好きになれたから
  生まれてよかった

息たえる瞬間ゆりは
うめきごえとよぶにはあまりにかぼそくやさしい
最期の息をもらしました



海でふたたびめぐりあいむすばれた
ゆりと海うをみまもるものは
あおい波と水の花たちばかりです



「 ゆりと海うと水の花 」( 了 )

TOPページへ

アンソロジーB
詩の絵ほん 目次へ

詩集『さようなら』
目次へ

サイトマップへ

© 2010 Kouji Takabatake All rights reserved.
inserted by FC2 system