高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』


星のしずかなあおい夜


星のしずかなあおい夜
海におぼれた若者は
ひとりの娘とであいました
ふたり 波までかさなりました
ひとつの涙になりました

娘の背なかからおしりに流れる
しずかなくりかえすくねりに
波のうた うつくしいうねりがうまれ
なめらかにのびる足 波をかなでるゆびさきは
人魚のおひれにかわりました
かさなりあう若者もいまは
波まをわたる舟 海がめなのだと
波の流れがつたえました

きらめくうろこは 波に
ゆらめく 月のひかりと交わりあい
もうみわけがつきません
やわらかな乳房だけほのかにしろく
娘のおもかげをのこしたまま
波のあわいに ほんのり
うかんでいます
どうしてこんなにしずかな夜なのでしょう
波とあのひとのかおりが あおく
わたしをつつんでいます

ときおり ふたり
顔をのぞかせ 水面に
ふりしきるひかりをすいこみます
海がめのかたいこうらのうえで
月にかがやく波しぶきにぬれ
人魚はいのり
うたいます

海がめはつよくてとてもゆうかんです
夜の波のくろいうなりごえ
海の底ふかく口をひらいたしじまに
のみこまれ沈みこんでしまう不安も
わすれてしまいます
わたしはこわくありません
わたしはかなしくありません

海がめも波のうなりごえにまけずしずかに
( おぼれるくるしみの波まにあなたもいた いま )
あなたは海 あなたは波
( あなたとわたしがこどもをうむこともなく死んでゆくにしても )
波のあなたにもぐってゆく
( 交わりにあわだつ )
あなたの海にもぐってゆく
( ぷるくちゃちゅるくちゅふるえるうたが )
ふたり涙になってゆく
( ふたりのこどもたちなのでしょうか )

人魚と海がめは交わりあい
深い海の くらい沈黙のうえ
うねる波に
ひとつのいのちをともしました
いちどかぎりのうた きえてゆく
音楽をかなでながら
星のしずかなあおい夜
とおくおよいでゆきました
波まにとけて ゆきました



「 星のしずかなあおい夜 」( 了 )

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