高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』


おもいだしてよ


   


おにいちゃん おもいだしてよ
都会はきらいっていったじゃない
どこにもゆかないっていったじゃない
遠くへゆくなら
ふたりでゆこうっていったじゃない
わたしをおいてゆかないで
ひとりにしないで

( この都市は汚い。ひとの住む街じゃないって憎みながら、這うように、潜ってゆく。アルコールにひりひり痛んだ黄色い明け方。酔いざめの街の胃袋の底。歌ってもはしゃいでも、駆けずり回っていても、ぼくは笑わない笑えない。
 ハイヒールに流れ落ちる細い曲線。夜の靴音は、女を響かせ、乳房を繁みに閉じた唇を震わせるけれど、ぼくは、震えない。なぜ?
 何本も踏み潰した煙草の吸い殻。この街を踏みにじれば滲みだした、醜い黄。ひしゃげた素顔。
 なぜだか声がした。なぜ生きてるの? 声がした。愛してる? )

おもいだしてよ ふたり遊んだ
あぜ道の おおばこ
つくしのはえた田んぼに座って
髪にさしてくれた あかいげんげ
うれしかった
てんとう虫を踏み潰つぶしそうになって
あわててよけたら踏みつけた うんこ
おかしかった
路地うらにかくれてさわりあった あの日
はじめてふれた おちんちんとても
ふしぎだった
おしっこのにおいがしたけど
かわいかった すこし
こわかった
まんまるい目のてれ笑い
好きだった おにいちゃん
まもってくれるっていったじゃない
ずっとまもってくれるって

( どぶ川沿いに見上げるマンションの屋上。濁りきった水に散った桜はやけに白くてまぶしい。風に一度は吹きあげられ、空を飛んだから?
 ぼくは飛べない。ぼくを、覚えてる? もう、忘れた? きみをなぜか思いだした。きみはいま、どうしてる? しあわせ? どこかで、しあわせ? 誰かをいま、愛してる?
 迷ってばかりいた。街で、きみを見た。と、思った、すれ違い見送った見知らぬ人。間違ってばかりいる。
 陸橋から見下ろす線路は川のよう。足もとからどこまでものびている、レールのうえ、手でバランスとり歩いたっけ。がれきに吸い込まれ消えてゆく電車。すぐ落ちたっけ。山はどこにも見えない。線路はほんとは続いていない。 )

おもいだしてよ おにいちゃん
靴とこころすりへらして都会の
アスファルト 歩いていても
おもいだして
ほんとははだしで いま
土のうえ 歩いてるんじゃない
星のうえ 歩いてるんじゃない
おにやんま好きだった 夏の
おにいちゃん わたし秋の
赤とんぼ いまも好き
とんでるよ 夕焼け空を
今年は稲の花さびしい
まんじゅしゃげかなしくゆれてる
この冬もみんな出稼ぎ でも雨に
土はひかるもの 風に
みどり かおるもの
いちど倒れた木に りんご
みのったわ たわわに
みのったわ あかい
はだざわり
おもいだして

( 夕焼けの海辺。あかい波に魚がときおり、跳ねて。鳥の影、逆光に映えて。きみが口遊んでた、しらべ、ゆうやけこやけのうたが聞こえる、海の、ひかり、消えて。
 冬の夜、港の眠りかけた船に、ふたりそっと、忍び込んだね。油臭い波のおと聞きながら。朝陽をいつまでも、待っていた。かもめが鳴きだし、きづくと太陽はもう、雲のうえだった。街の生活は始まっていた。
 あんまり寒くて、薄着のきみは凍えてしまい、動けなくなった。むらさきの唇、震え、抱きあったままふたり、どこにもゆけなかった。 )



   


おにいちゃん
美しいってふるえる
時を生きたの?
死んでも消えないって信じられる
時をこころにもってる? 時のなかに
生きているひとがいる? 忘れられない
顔がある? 遠くにいてもすぐそばでいま
微笑まない?

( 笑うことも泣くことも )

涸れてもいいってつよくねがったのなら
からからに干しあがっても こわれそうなとき
浮かんでくるわ なにかがきっと

( もうわからない 生きてるって )

ちっぽけなてんとう虫やあかいげんげ
稲もりんごもひともちっぽけ

( 生きてるって )

受けとれるだけのものけんめいにあび
わけのわからないものしか与えられなくて

( かなしい )

こわれてしまう

( かなしいゆめ? )

なにがたりないのか ほしいのかさえ
わからない
ささげたい 奪いたいだけ

( ゆめでなぜ )

なぜ好きになったかなんてぜんぜんわからない
大切だから 愛したくて
憎んでしまう

( なぜ苦しむの? ゆめはもう )

でもつよくねがうなら
なにかきっと
笑ってる
泣いてる

( もうみたくない ゆめは )

あのてんとう虫やげんげのあか いまも
あたたかいもの

( みえない ぼくを )

おにいちゃんいま わたしに
笑ってるもの

( ぼくを )

泣いてるもの

( ぼくを )

信じられなくてもひとを
愛して
気づかなくてもどこかできっと
生きていて

( 忘れて )

ちいさな花を
咲かせるわ
おにいちゃん わたし忘れない

おもいだしてよ
ふたりしたやくそく
遠くへゆこう
ふたりでゆこうっていったじゃない
わたしをおいてゆかないで
ひとりにしないで


「 おもいだしてよ 」( 了 )

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