高畑耕治の詩


コオロギとなく



 陰草の生ひたるやどの夕影に鳴くこほろぎは聞けど飽かぬかも

                    万葉集 作者未詳歌



 秋雑歌


エンマコオロギ
ツヅレサセコオロギ
音色もリズムも旋律も
こんなにちがって
おんなじコオロギ

草むらの合奏
鈴虫も鉦叩も
こんなにちがって
澄みわたり
月のひかりに
ふくらんでゆく



 悲別歌


冷たい雨にうたれ
かぼそくなっても
羽から響きだす

かきけされるまで
凍える夜にも
愛しみの
コオロギ

キミの恋人
死んでしまったの?
恋歌は
挽歌に
滴色に
音も色も香も
失ってゆくの?

晩秋
木の葉たちの
虹色
さようならの
プリズム
うすれてゆく



 挽歌


草の茎とともに
かぼそいあし折り触角しなわせ
うすあおの空ながれる雲みあげ
葉脈はしる透明な羽の葉っぱ
微かな風にふるわせ
草はらのけんめいな
求愛のうた
地球夕やみ羽ばたき
夜空へ

終わりは始まり
秋楽章深まり死の
序曲へ

萌える春と燃える夏と新しい秋の愛の
めぐりを祈り音楽を
飛翔するだけ



 秋相聞


コオロギとなく

恋の音
ころころふるわせ
コオロギのような
バイオリンになりたいと
こころなく

秋の
愛の
終わりの
死といのちの
始まりの季節に

コオロギとなく



 反歌


天空にも野山にもなつかしく
うたのひかり
満ちわたりますように

放射性汚染物質はなくなり
ゆめやわらかな
ゆき野原にも
星空のもと草の根の土に
いのちはぐくまれますようにと

この秋の終わり最期とむきあう
コオロギもなく




*参照 万葉集、巻第十、秋雑歌、こほろぎに寄す 作者未詳歌

*ふりがな 雑歌:ぞうか。鉦叩: カネタタキ。愛しみ: かなしみ。 恋歌: れんか。滴色: しずくいろ。木の葉: このは。挽歌:ばんか。 秋楽章:しゅうがくしょう。相聞:そうもん。恋の音: こいのおと。



「 コオロギとなく 」( 了 )

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