高畑耕治詩集『愛(かな)』
あとがき
潮騒につつまれた南の島では恋しいひとに「 かな 」と呼びかけました。ひとりのひとのひとりのひとへの強い思いは、ふたりが死んだあとも潮騒にとけて響きつづけ、愛しあうひとの思いと響きあいながら、いつか歌声となってひとをこえ、生きものたちの愛しあう声と交わりひろがってゆきます。
ひとや生きものへのいとおしさを、「 かなし 」と伝えあったのはいつのことでしょう。「 愛し 」という表記が死語になっても、こめられたこころはまだ、生きつづけています。ひとを愛しているとき、生きていることの喜びと悲しみにおそわれたとき、自分のまわりのひとや生きものへむけるまなざしも、「 愛し 」という響きのように澄んでいるのだと思います。
「 かなしみ 」という海のように深い思いをふくらませてきた「 愛 」と「 悲 」がばらばらに引き裂かれてしまうことがないよう、愛と悲しみが交わりあうこころを失わずにいたいと思います。
せみの鳴声を「 かなかな 」と聞きとり、せみに「 かなかな 」と呼びかけたひとのことを思います。ひともじつはせみのように「かなかなかなかな」鳴いているのかもしれません。だとしたらせみも、ひとの愛しあっている声を「 あいあいあいあい 」と聞きとり、ひとを「 あい愛 」と名づけてはくれないでしょうか。「 愛愛愛愛 」生きものの声が響きあう世界に生きたいと思います。
詩集ができるまでお世話になり力づけて下さいました詩人の中村不二夫さん、土曜美術社出版販売の加藤幾惠さん、ありがとうございました。
この小さな詩集をぱてに捧げます。
一九九三年 高畑耕治
「 あとがき 」( 了 )
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