高畑耕治詩集『海にゆれる』


たこ

こんな島国にすんでいながら
祖母には国境がない
みえない国境をひろげるため
南の海に散った
祖父を参りに 東京の
神社にいったあと
いなかにかえりもうたんぼをはなれない

海と空はむすばれていたから
いねをうえる祖母が空をみあげると
雨つぶをおとす雲に
乳房の汗をあらいながす祖父がいた
たんぼで育てられ
あぜみちであそびながら
おさない母は父親のおぼろなおもかげを
夕暮れの風にゆれ
たんぼにとびかう
赤とんぼにみた

おばあちゃん
あなたの愛したひとはひとをころしたのでしょうか
たたかいがきらいなあのひとは
あのひとをころしてしまったのよ、と祖母はいい
あらがうことができずおとうさんは
おかあさんをころしてしまったのよ、と母はいった

夏がくると
横笛と太鼓のはやしに潮騒をきき
落葉松の林をぬけ
からっぽの墓をとおりすぎ
祖母はいまでも海にゆく
しおれた乳房にうちよせてくる
うちよせてくる潮水を
てのひらにすくい
口にふくむと
あのひとのあじがする
潮風にゆだねた乳房に
しろい乳はながれ
あのひとはいる
海だけは今もむかしもかわらない

おばあちゃんちがうんです
たんぼをとぶ赤とんぼは苦しんでいます
今は ことりではなく
ビジネスマンが戦闘機とともに
空をとび くじらではなく
原子力潜水艦が海をおよいでいます
虹はいつもビルにちぎれて
土と空をむすばなくなりました
おじいちゃんはねむれないでしょう
ぼくはあやまちをくりかえしています
原子力爆弾をつんでとびかう飛行機にのり
南の海にゆきましょう
おじいちゃんをころした国境をころしに
おじいちゃんがころしたひと
おじいちゃんがころされたひと
こどもたちにあいにゆきましょう

おじいちゃん
夏の雲にあなたを思いだすひとはなくなってゆき
ぼくがあなたをわすれたように 赤とんぼは
ぼくをわすれ去ってゆきます ぼくは
ネアンデルタール人がネアンデルタール人であるままに感じた
充血感を失ってしまい かといっておばあちゃんのように
潮水はのめず たこのように
アルコールばかりのんでいます
まっ赤なとんぼになることをあきらめ
たたかいもせずあらがいもせず
たこであるままふうせんのように
空をのぼってゆき
太陽に恥じてはれつしたとき
海よあなたはむかえいれてくれるでしょうか



「たこ」(了)

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