高畑耕治詩集『海にゆれる』


水のいのり

目も口もうろこももたず
しろい精子は生死のあわい
子宮のくびれをくぐりぬけ
あかい海にひとすじの
あわい糸をひきます

思いだせない羊水で
おぼれた精子たちとわかれ
わかれた精子たちをわすれ
いくらのようにまるくやわらかな
ははのたまごのすきとおる
あかにすいこまれ
さかなに生まれ
わたしはひふこきゅうをつづけてきました

おぼえています
おいしそうにさかなをほおばる
おさないわたしのかたわらで
おばあちゃんも もぐもぐ
たべながらなみあむだぶつをとなえ
わたしはさかななんだよとわらっていました

わけがわからなかったわたしも
くりかえす日々
生まれては
死んでゆく
精子とせっしているうちに
おぼれた精子たちを思いだし
みすてたわたしを恥じだしました

そんなある日
むずむずして
むしょうにさかながたべたくなり
はじめて
さかながだまって
あわにこめるいのり
ひとにはききとれない
水のいのりをきいたのです

こざかなたちをたべてきたから
きょうだいたちをみすててきたから たべるより
たべられたい
わたしはおばあちゃんです
ころしてきたのなら
みすててきたのなら
ころされるときにせめていのりなさい

かわいたわたしの目にわいた
わずかな水たまりに
あわがひかりました
さかなの目にくちづけし
たべながら
しおからい水にひたされてゆきました
涙は海なのでしょうか

意志のくだけたくらげのように
生死のあわいをおよいでいる
わたしはさかなです
おぼれた精子たちがとけこんでいる
潮をすいこみ
あわをはいていたいとねがうのです



「 水のいのり 」( 了 )

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