「 殺し屋がこんなところにもいる 」振りかえりながらあの女( ひと )は言った。
わたしのいる車両に移ってくるとき、すれちがいざま、ひとりの男の背中に、その言葉を吐きつけた。
わたしの隣に腰かけ、周囲を見まわしまがら、ひとりつぶやきつづける。
つぶやくのではなく、言葉を吐きつづける。憤りつづける。
「 殺し屋を放し飼いにしている 」
「 あいつも、あいつも、あたしを殺そうとしている 」
向きあう座席に腰かけるひとたちに、語りかけつづける。
目をふせるひと、広告に視線をしばりつけるひと、虹彩を大きくひろげ凍りついたひと。
「 みんな、わたしを、殺そうとしている
おまえも、おまえも、みんな 」
ひとり、ひとり、指さす。きびしい視線で詰問する。
大きなつばの波うつ花飾りのついた帽子。黄色いドレス。
からだいっぱいためこまれた、のたうちかけめぐる思いで、肉体は思い。
あの女は、振りむき、話しかけてくれた。
「 病院に閉じ込められるの
誰もかれも、わたしを閉じこめようとする
「 親も、みんな、わたしを殺そうとしている
「 追われているのよ、殺し屋がわたしを見張っているのよ
「 逃げられない
どこにでもいるの、殺し屋がうじゃうじゃしているのよ
わたしを殺そうとしているのよ
「 こんな太い針で注射するの
がんじがらめにして注射しようとする
「 皮膚の下から、うじが、うじゃうじゃわきだしてくるの」
そう言って笑いかけてくれた。が、すぐ険しい表情になり、
「殺し屋が、みんなが、わたしを殺そうとしているのよ 」
わたしは言う、
「 守らなきゃいけない、自分は自分で守るしかないんだから 」
「 守れないのよ逃げられないのよ 」
「 みんなそうしているんだから、自分は自分で守るしかないんだから、
もっと自分を大切にして、守らなきゃいけない 」
「 ダメなのよ、みんなしてわたしを殺そうとしているんだから、
ほら、あいつも、あいつも 」
そう言い、向かいの座席のひとを指さし、わたしに関心を失う。
そのおじさんの前にしゃがみこみ、話しはじめる。
あの女にはからがない、こうらがない。
うすい皮膜しかない心で他者の心をおおう厚く乾いた皮膚にふれてしまい、
皮膚を剥いだむきだしの交わりをもとめ、
傷つけ傷つけられる。
「 ぼくは次の駅で行くけど、
自分を守らなきゃダメです 」
あの女は、わたしに目をやり、関心を失い、降りたわたしを置き去りに走っていく。
地下鉄で。
わたしが出会うことのできた、忘れられない、ひとりの女。