高畑耕治『死と生の交わり』


交わり ひとりであること

(3)


数秒間の出会い ほんのわずかな時間にすぎず 言葉をかわすこともなく
みつめあうことも 触れあうこともなく 過ぎ去った
わたしにとっての出会い 出会いとすら呼べない瞬間の 交わり

今日、日が暮れるころ 執ようにねばつく雨が降りつづいていた街で
誰と話すこともなく午後のあいだ歩きまわり 疲れ滅入りはじめていたわたしが
横断歩道を渡ったとき 見た あのひと
片手にもった白い杖で 歩道を叩き 歩む方向をさがしていた 目の見えぬ
あのひと

声もかけず 手もさしのべず 行き過ぎた そのような 交わり
言葉をかわすことも みつめあうことも 触れあうこともなかった けれど
わたしは みつめた
みつめさせずにはいない 何かをもって あのひとは 生きていた
あのひとは わたしを しらないけれど
わたしは あのひとをとりまく街の雑踏・靴音・視線・圧迫感にまぎれこんだ
何ものでもないものだけれど それでも
あのひとが あのひとだけのしかたで 世界に 交わろうとし そのことで
あのひと自身と 交わっている そのとき
わたしは 瞳をとおして あのひと と 交わった

あのひとと 交わることで より深くわたしと 交わる
どのような言葉をえらびとるか
「 励まされた 」「 自分より弱い者がいるから生きられる 」「 あわれんでる 」
「 他人にすぎない 」「 死んじまえ 」
どのような視線を投げかけるか
下劣なあわれみの視線か みつめる瞳から心に生きた流れを生みだすか
わたしは わたしと さまざまに 交わろうとする
ひとりであり
わたしとの交わりをくりかえし
あのひとと 交わりつづける
生きつづける

わたしは あのひとには何ものでもない
あのひとは あのひととして かけがえのない時を 生きている
世界に 自分に あのひとだけのしかたで
交わりながら



「 交わり―ひとりであること ( 3 ) 」( 了 )

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