詩人 亜久津歩

詩 「 命綱1 」、「 命綱3 」、「 粉雪の舞う夜に 」、「 がんばれ 」。
詩集『 いのちづな うちなる“自死者”と生きる( 二〇一〇年、コールサック社 )所収。




命 綱 1


死ぬのなんてかんたん、と
言ってみるのはかんたんさ
痛みだけを沈殿させて
あまい紫煙( しえん )をふり撒きながら
天井をくるくるおよぐ願望が
一つ口に集いはじめる
自ずから至るように
落ちてゆくんだよ世界が傾いて渦巻いて
栓のない浴槽孔に旋毛( つむじ )からからめとられるように首が
ポン と嵌( はま )

落っこちるイメージさ
薄い布団を握って踏ん張れ 剥がれりゃ終わりだ
蟻地獄が崖が迫る迫る迫ったのはこちらのほう
ヅ と退( の )

揺れて たわむ穴は
まぁるく結んだ紐のふち
( 準備したっけ ) ( いや、してない )
視える視えるそこにないのに視えるのはなぜ
( 誰か とめて ) ( ああ……まずいな…… )
死 ぬ

――死にたいと思う?
彼は言う
眼鏡のむこうの瞳は今日も静か
私は黙る
ゆるゆる頭をふるので精一杯
それは死にたかったからじゃない
生きていいか わからない

とりあえず来週、また。
彼は続ける
「 ひとりで決めては絶対にだめ」だよ。
苦しいと思う
それでも
また来週、ここで会おう。 と

約束( それ )だけが繋ぎとめる 深い 深い 深い 暗い 夜があった



命 綱 3

    友人Kに感謝を


待って、待って
聞いて 誰も責めてないよ
何も話さなくてもいい
もちろん話してくれてもいい

電話が繋がらないから心配しちゃった
料金払ってない? なんだ、もう 笑わせないでよ
でもよかった 会いたかったし
お茶? いいよ 顔見にきただけだもん
気ぃつかわないでよ らしくもない
話? べつにないよ
なんとなく 顔がみたくて

あー、会えてよかった

うん 待ってるよ
でもゆっくりでいいんだよ
何年でも

だいすきだよ
だいじょうぶ
だいじょうぶだよ



粉 雪 の 舞 う 夜 に


ああ こごえてしまいそうな夜だ
こんな日には星に祈ろう
天上のパティシエが
するどくとんがった山々を
ふんわりまあるいケーキにするよ

お願い パウダースノウ

天使のあまさで頬を抉( えぐ )った痕を消してよ
やさしい白さで煙を濡らして
あの子の火傷を冷やしてよ
羽よりかるく世界を撫でて
わたしたちのかなしみを
みんな一緒につつんでよ
そして一緒にとかしてよ

パウダースノウ

パウダースノウ



が ん ば れ


こころが弱ってるときにコレは
ご法度ってのがセオリーだけど

がんばれ、ここは、がんばって
その闇を耐えぬけ
選ぶな
いま目の前にある終わりを選ぶな
がんばれ、食い縛って踏みとどまれ
なんでもいい
耳を塞ぐ音楽を
眠たくなる映画を
笑っちまえるマンガをさがせ
思考を遮る番組を
声を 肌を
なんでもいいからさがせ
がんばれ!
その小瓶から
刃から紐から黄色い線から目をそらせ!
がんばれ、がんばれ、がんばれ
きみを殺すきみに負けるな
その永すぎる夜を越えて
光射すまで





著者略歴
亜久津歩( あくつ・あゆむ )
一九八一年 東京都生まれ。埼玉県在住。早稲田大学第二文学部卒業。
二〇〇八年 詩集『 世界が君に死を赦すから 』( コールサック社 )。
二〇一〇年 詩集『 いのちづな うちなる“自死者”と生きる 』( 同上 )、
      第一回萩原朔太郎記念「 とをるもう 」賞受賞。
日本現代詩人会会員。詩誌 Poe-Zine 「 CMYK 」発行人。詩誌「権力の犬」同人。

掲載されている詩の著作権は、詩の作者に属します。

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