詩人 二階堂晃子

詩「生きている声」「双葉町両竹(ふたばまちもろたけ)の兄」
詩集『悲しみの向こうに 故郷・双葉町を奪われて』
(2013年3月11日、コールサック社)所収。
詩「光る文字が」
『2012 福島県現代詩集 第33集 銀河の声 心の声 ふくしまの声 』
(2012年4月11日、福島現代詩人会)所収。




生きている声


確かに聞こえた
瓦礫の下から
生きている声
うめく声

人と機械を持ってくる!
もうちょっとだ!
がんばれ!
救助員は叫んだ

3・11
14:46 地震発生マグニチュード九・〇
      請戸地区一四メートル津波発生
15:00 原発全電源喪失
19:03 原子力緊急事態宣言発令
21:23 原発三キロ圏内に避難指示
翌5:44 避難指示区域一〇キロに拡大

救助隊は準備を整えた
さあ出発するぞ!
そのとき出された
町民全員避難命令

うめき声を耳に残し
目に焼き付いた瓦礫から伸びた指先
そのまま逃げねばならぬ救助員の地獄
助けを待ち焦がれ絶望の果て
命のともしびを消していった人びとの地獄
請戸地区津波犠牲者一八〇人余の地獄
それにつながる人々の地獄

放射能噴出がもたらした捜索不可能の地獄
果てしなく祈り続けても届かぬ地獄
脳裏にこびりついた地獄絵
幾たび命芽生える春がめぐり来ようとも
末代まで消えぬ地獄



双葉町両竹の兄


「 見納めになるだろう
 最後だと覚悟して行ってみることだ 」
帰宅困難地域への一時帰宅許可証を手に
兄が促す

頭の先から靴底まで
白装束の防護服に身を包み
入りこんだ水素爆発一年後のふるさと
原発より三・五キロ双葉町両竹は
音が消え、息を止めていた
伸びきった枯れた雑草が風に震え
見渡す限り茫漠とした平地には
小学校の残骸と
打ち上げられた漁船の数々だけが
立体

かつて重なる家並みと松林に遮られていた海が
すぐそこにあった
原発の排気塔がすぐそこに見えた
噴出された高濃度粒子の線量は
大地の全てを汚し
瓦礫に挟まれた命の捜索を拒み
営みを つながりを 来し方を奪った
ふるさとは死にあえいでいる

父がよく語っていた
この村には七不思議がある
二股の竹、逆川、墨染めのさくら
左巻きのタニシ、白いドジョウ
火事が起きたことがない
お産で亡くなった人はいない
穏やかな日々
これがお前たちのふるさとだ、と

ふるさとは息を止めた
真っ青な空だけは果てしなく広がっているのに
昼時
裏山の氏神様の祠の前
消えゆくふるさとを見下ろす
姉に夫に私に言葉は出てこない
冷えたおにぎりを手にしたまま
兄が力なくつぶやいた
「 命あるうちに戻れることはもうなかんべ 」



光る文字が


日付変更線を超えて
文字が飛んできた
手のひらに抱かれた小さな液晶画面に
文字が飛び込んできた
ナイアガラの瀑布とどろくトロントから
光を浴びて飛んできた
女児出産、母子共に元気と

電線も橋も道もレールもない大空を
ときめきを載せて文字が飛んできた
待ちに待った十年のときも超えて
額をつけて年寄り二人で覗いては
声に出して読んでいる
女児出産 母子共に元気―娘より

風にささやく竹林の葉ずれ
梅の香に鳥歌い
黄金の穂波に渡るエンジンの音
鮭躍る岸辺 銀色のススキ揺れ
ここで生まれ ここで育ち
あの日崩れた安全神話に
汚れつくされたふるさとの全宇宙
真っ黒なカーテンで閉ざされた仮住まいに
心萎えうずくまる

日付変更線を超えて
光る文字が飛び込んできた
私につながる小さな命の歴史が始まる
雲間から射す一条の輝きが
失われたものを押しのけて私に差し込んだ
胸にうち寄せてくる希望のさざなみ
立ちあがって歩き出せるかもしれない





著者略歴
二階堂晃子(にかいどう・てるこ)
一九四三年 福島県双葉町に生まれる
福島大学学芸学部卒業
公立小・中学校教員を経て現在、学校心理士として活動
二〇〇四年 詩集『ありんこ』(二階堂晃子とありんこの仲間)
二〇一二年 共著『絆 伝えることの大切さ』(福島県作文の会朗読グループ)
二〇一三年 詩集『悲しみの向こうに』(コールサック社)
所属 福島現代詩人会会員。「山毛欅」同人。

掲載されている詩の著作権は、詩の作者に属します。

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