銀木犀のまわりに
たちこめるものを
あなたは匂いと言い
わたしは香りと言う
はなびらを淡くそめる
ライラックの花の色を
あなたはふじ色と言い
わたしはうす紫と言う
そんなわずかなずれを
あなたはふしぎと言い
わたしはすてきと言って
ひかりのなかで
ふたりは微笑する
夕日と
お日さまが
おなじものだなんて
こどもは思わない
あの
やさしいものと
まぶしいものが
ひとつであることを
おとなも つい
わすれてしまうのだけれど
そらで
くりかえし示される
摂理をみていると
あるとき急にたまらなくなり
そして かなしくなる
おかあさんのまえで
まい日 まい日
九九を暗誦させられている
こどものようで
――おはよう
あさいちばんに冷凍室をのぞきこんで ひそ
かなあいさつを交わすのが ここのところの
わたしたちの まい日の習慣になっていまし
た そこには 待ちにまった初雪を わくわ
くしながらにぎって作ったゆきだるまが一つ
入っていたのです
ぱっと扉をひらくたびに まるで待っていた
かのように わたしの心にまっすぐとびこん
でくるふたつの目 どんなに 上等のかがみ
よりも誠実に澄む そのひとみのなかにだけ
だれもしらない真実(ほんとう)のわたしがい
るようで 台所に なにかと用事をこしらえ
ては 日にいくどとなく 会いにゆかずには
いられなかったのです わたしたちはとても
幸せなかんけいでした
ところが 最近 そんなかれのようすにどこ
となく翳りがさしてきたように感じられて
わたしはこころを痛めています 気のせいか
曇りはじめたまなざしの奥で なにかを し
きりに訴えているふうなのです ういういし
い雪の匂いも 真綿のようなぬくもりも 今
はもう あまり伝わってはきません 霜にお
おわれたからだは蒼ざめて 日いちにちと
精気を失ってゆくばかりです
( 病気だろうか? )
いいえ もしかして かれは不幸なのかもし
れない――さびしく氷りついたまま からだ
の奥でときおり疼く あの 古いきずのよう
に 溶けるにとけられず くらやみのなかで
人知れず苦悩しているのかもしれない……
――その日は あさからまぶしい太陽のひか
りがさんさんとふりそそいでいました わた
しは庭のまんなかに佇み すこしためらって
から 手にしたゆきだるまをまっさおな芝生
のうえに そっと 置きました あたりは
ひらきはじめたストックの匂いでいっぱいで
す 仕上げたばかりの春の絵におもいがけず
附着してしまった 一点のしみのように し
ばらくのあいだかれは困惑し 途方にくれた
ようすでしたが それもつかのま おだやか
な麦藁色の日ざしを全身にあびて やがて
うっとり溶けはじめました
おやすみ……と 声をかけるのも忘れて ま
ばたきもせず見まもるわたしの目のまえで
ゆきだるまは ぐんぐん ぐんぐん ちいさ
くなってゆきました そして さらに ちい
さくなってゆくそのさまは 羽ばたきながら
空へ 空へと 吸われてゆく 白い かなし
い 鳥のすがたのようでもありました